Danger signal <運命>





「おい、リョーマ。お前ちょっとおつかいに行ってこい」

「嫌だ」

「ほぉ〜、そうかよ。
 あの辺りは不良少年が群れてるんだよな〜。仕方ねぇ、菜々子ちゃんに行ってもらうしかねぇようだな〜」

「…分かった、行くよ」


親父の罠に、まんまと嵌ったと思う。

親父が可愛い姪っ子を危ない場所に行かせる訳が無いし。

それでも、男として行くと言わない訳にはいかなかった。


「これで…全部だな」


メモに書いてあるものを全て買って、店を出た。

確かに親父が言った通り、この辺は不良が溜まる事で有名だ。

…そんな所に息子を行かせるか?自分が行けよって感じ…。


「それでよー、マジでアイツ本気にしてんだぜ?!」

「ギャハハッ、馬鹿じゃねーの!」


家に帰るのに近い道、その通りにあるコンビニの駐車場で、不良っぽい男が数人座り込んでた。

…うわ、普通に煙草吸ってるし。しかも飲んでんの酒じゃん。

よく堂々と出来るな…。そう思っても関係無いから、早々に帰ろうとした。

…けど、男達の輪の中心に居る人物が、俺のよく知ってる人だったから…

思わず足を止めてしまった。


「…英二、先輩…」


楽しそうに笑ってるのは、テニス部3年の菊丸英二先輩だった。

赤茶の髪が、月明かりに光った。…間違いない。

俺の呟きが聞こえたかは判らないけど、先輩は俺の方に視線を向けて…そして手に持っていたビールを落とした。


「…おチビ?!あちゃー、もしかして…家近い、とか?」

「…そうっすけど」


近づいてくる先輩に、俺は知らず知らずの内に嫌そうな顔をしたらしい。

先輩は「あ、嫌だった?」と言って煙草を消した。

別に煙草が嫌な訳じゃない。…親父だって吸ってるし。

先輩が吸ってたから…嫌だなって思っただけで。


「エージー?何、知り合いかよ?」

「あぁ、ちょっとね」


先輩の肩に、いかにも悪そうな派手な男が手を置いた。

金髪、何個も開けたピアス、そしていくつも身体に見える傷。

そんな男と友達なんだ……。


「おい、坊主。エージの事は誰にも喋るんじゃねぇぞ」


その男は表情を一変させて、鋭い顔になった。

凄く恐ろしく、背筋がゾクッとした。


「あのねー、リョウ。この子は俺が何とかするから、戻って。恐がっちゃったじゃん」

「あぁ、悪ぃな。お前は優しいから、女子供には手を出さないんだったなー」


リョウと呼ばれた金髪の男は、手をヒラヒラさせて、仲間の所へ戻って行った。

…子供?ムカツク…あの男だってそんなに年離れてる訳でもないのに。


「おチビさぁ、黙っててくれない?」


先輩の声かと思うと、少し哀しくなる。

これがあの英二先輩なの…?いつも元気で、気分屋で、無邪気な…。


「黙っててもいいけど…驚いたッスよ」

「だよなー。まさか!って感じっしょ?」


自分の事なのに、愉快そうに笑う先輩。

俺に「吸って良い?やっぱり苦手?」と訊いてきた。


「別に。吸っていいッスよ」

「じゃ、遠慮なく」


慣れた手つきで、先輩は煙草に火をつけた。

それを美味しそうに吸うと、にやっとした笑みを浮かべた。


「何?おチビも吸いたいのかー?」

「…俺は吸わない」

「うん、それがいいよ。おチビは身長伸ばさなきゃいけないしねー」

「…」


俺の頭をペシペシと叩きながら、英二先輩は笑った。

昼の、表情と変わらないその笑みで。


「…俺、もう帰るッス」

「そ?あ、おチビ!」

「分かってますって。誰にも言いません」


もう見たくなくて、まだ何か言いたそうにしている先輩を無視して歩いた。

先輩が仲間のもとに戻る足音が聞こえて、そっと振り返ってみる。

…やっぱり違う。あんなのいつもの先輩じゃない。

どちらが本当の先輩であるのかなんて、俺には判らない………。






あ〜吃驚した。

まさかおチビに見つかるなんて、思ってもみなかったよ。

大石にも不二にも知られてないのに、ちょっと不味かったかも…。


「エージ、さっきの奴はどうした〜?」

「リョウ…。俺、不味ったかも……」

「何だよっ?!アイツ、バラすって言ったのか?!!」

「や、違うけど」

「何だよ」

「ん〜…。知られちゃった事が、ちょっとショックだったって言うか?」


また輪の中に入りながら、落としてしまったビールの代わりに、違う缶ビールを取り出す。

ビールで喉を潤しながら、おチビ…明日からどう接してくるかな…などと考えた。


「そんなにショックなほど、親しかったのかよ」

「いや、ただの先輩後輩だよ。部活の」

「ゲッ!まだテニスなんて続けてたのかよ!?ダッセーから辞めろって!」


仲間の声に、半ば呆れた。

テニスをやること自体、ダサくなんてないし。

俺が何をやろうが、コイツらに干渉なんてされたくなかった。

ま、争いたくないから何も言わないけど。

正直、面白くないんだよね。


「エージ、そろそろ行こうぜ」

「………あぁ」


仲間の声に頷き、俺はリョウのバイクの後ろに乗った。

これに乗る時は嫌な事を忘れられるし、とても気持ちが良かった。


「エージ!んなに心配なら、朝一であの坊主に会いに行けよ!」

「………そだね!そうする。アリガト、リョウ!!」


夜の街に、バイクの音と俺達の声が響いた。

そしてこの夜から…俺の気持ちは揺れ動いた。

何故か気になる…おチビから見た俺。

あぁ…早く朝にならないかな。話したい事がたくさんあるのに。

もっと…もっと俺を知ってもらいたい。

夜の街に生きる、俺の事を………。